Denali's Room 一語一絵

旅と猫とあんことスイカを愛する絵描き、デナリが日々をつづっています。 twitterではMaiDenaliでつぶやいています。

あこがれる(あくがれる)、はもとは魂が身体をはなれる意味。

k4gm0ycv.JPG今日は情緒不安定気味。あまりはかどらない。


こういう吐き出し系の書き込み、掲示板の時には普通にかけたのに、ブログの今は「後で消すかな・・」とか冷静に考えてしまうのが、掲示板とブログの違い。

アーカイブ化されてしまう事を考えると、文章の推敲をしなくては、とつい考えてしまう。誰だか分からないけれど、40人とか50人の人が毎日見てくれていることを考えると吐き出し系の書き込みって気がひける。それが「人に見せて、蓄積する」事を最大の特徴にしているブログの良いところでもあり、ちょっと使いにくいところでもあるんだろな。

今日は、駄目。言いたい事が言えないし、言ってはいけないから。

妄想旅行

t1jr3emy.JPGゲーマーだと思われているけれど私がするゲームはRPGがほとんど。
アクションとか、パズルとかはやらない。本も山ほど読むけれど、小説が多い。

考えてみると、私は「作られた世界」や「物語」が好きなんだな、と思う。
特に、完全に、100%、誰かの頭の中で構築されている世界。
だってそれっておもしろいじゃない?
なんの必要があってその人はどこにも存在しないその世界を考え出したのか。
何を思って、そこに生きる生き物や、言葉や、単位や、歴史や、食べ物を作ったのか。
それってどっから出てきたの?
それってもしかしたら地球を作った人の考えにも通じるかもしれないと思うと。

ノンフィクション小説も、ビジネス書やエッセイ、教養本みたいなのも読む。
現実ももちろん物語には違いないし、新しい切り口や視点をもたらしてはくれる
けれど、それはわりと実際的な人生に対する栄養。恋愛小説とかはこっちに入るかな。
そういうジャンルのものは「自分の中にどう消化するか」みたいな視点で読む。
そうじゃないものは、「そこに旅行に行く」みたいな視点で読む。

小さい時、おばあちゃんが寝る前に布団の中でしてくれた村の話。
ナウシカやラピュタの世界、グインサーガの世界、FFの世界、指輪物語の世界
、ミヒャエル・エンデの世界、イノセンスの世界、「パンドラの鐘」の中の古代の王国、
ヤマムラアニメーションの世界、あとはマグリットとか。
誰かの頭の中にしか存在していない世界と、そこに住む人たちと、その生活。
あまりにも完璧に作られた世界はそれ自体が勝手に動いていて、
語られる以外のその人たちの日常だって想像できる。

そんなわけで私は妄想から生まれた世界は
とてもよくその人の頭の中を語っていると思うのです。
その人がふと思いつかなかったら永久に存在しない、っていう
危ういバランスの上に成立してる。何がわからないって「他人の頭の中」ほど
分からないものはないから、他人の中に自分では決して思いつけないような
世界が生まれているのを見たいと思う。現実よりも。

大好きな本や絵本は何度も何度も、本当に何度も読む。映画も何度も観る。
どれだけ浸っても、その世界では単なる旅行者にしかなれないのが
悔しいんだけど。いつか自分自信が、そういう世界を作れたら、と思う。

におい記憶装置はあるのか

bnynrot7.JPG今日、朝駅まで歩いていたら空気が濃くってまた夏の香りがした。それで、思った。
「視覚」はビデオや写真で記録に残せる。「聴覚」は録音すれば残せる。
でも「におい」はどうだろう。
その時の「におい」を瞬間的に永久冷凍保存できるような
ものって、ないんだろうか。前に何かで五感のうち、
人間が一番長く記憶に残せるのは嗅覚だって何かで読んだ。
それって、外部に残しておけないからそうなってるのかな。
私は「におい」に敏感なほうだと思う。
友達の家のにおい。
6歳までしか住んでなかった保土ヶ谷の家のにおい、
もうしんじゃったひいおばあちゃんの家のにおい、
アラスカのにおい、メキシコのにおい、タイのにおい、アイルランドのにおい。
アラスカは山と雪のにおいで、メキシコは蒸したさつまいものにおいで、
タイはもち米のにおいで、ダブリンはコーヒーとみずたまりのにおい。
それから、SFCのにおい。(覚えていたいかどうかはともかく)

たまに今、そういうかつてかいだことのあるにおいがどこからか
ただよってくると。「あ、あのときあの場所でかいだ」って思って、その時みたものや
一緒にいたひとや食べていたものを全部思い出す。
においはとても主観的なもので、全く同じにおいでもなんとも思わない人も、
涙が出る人もいる。
人間の感覚の中で、一番デジタル化が難しいものじゃないのかな。
においをデータベースにして、好きなにおいを写真のアルバムみたいにいつでもかげたら、って思うけど
それは嫌だな、と同時に思う。頭の中にしか残せないものこそ、ほんとうに覚えていようと努力するし、
装置になってしまったらつまらないかもしれない。におい=その人の記憶、だから。においを全部覚えておければ、日記をつける必要もないのかもしれない。におい日記。

でも、広告でもにおいがついていたりするし
結局はにおいの分子が鼻のねんまくについて感じているものだから、デジタルになってしまうのかな。
誰か教えて。

そうそう、昨日生まれて初めての体験をした。それは「舌がつる」という事。
うれしくもなんともない、むしろ恐怖。ジュースをストローでのもうとしたら、つった。
舌がいたい、って手足がつるのとは全然違う。口の中がねじまがっているかんじ。
一人で四苦八苦したけど、泣きそうだった。舌も筋肉なんだなあ。
多分、想像を絶する変な顔をしていたから、誰もいなくて良かったと思う。

かお

640f13os.JPG私の描く顔が、私に似ていると言われます。猫が飼い主に似るようなもの?それにしても無表情。(ていうか焦点合ってないし)だからウインクキラーをすると恐がられるのかな。いつからか私の描く顔はみんなこういう風になった。この絵は会社の配布物用に描いたのでさすがに少し表情あるけども。
ふと思いついて昔のスケッチブックをひっぱり出してきてみてびっくり!みんなすごい笑顔!昔の私の絵は、どの顔も満たされたホホエミらしきものを浮かべているのです。なんでなんでいつから表情がなくなったんだろう。分岐点不明です。覚えてない。宇宙人

GOD DIVA

rgd0bg41.JPGなぜだか予告編に惹かれたのと、FIFTH ELEMENTが好きだったから見てしまった「GOD DIVA」。1回行ったら時間違って見れなかった悔しさもあいまって、何故か月曜の夜から一人見に行ってしまいました。

実写だと思ってたら、なんか途中からお金のかかってないRPGのゲームの人物みたいなのが出てきて、顔がハテナになりました。つまり、メインの登場人物だけ人間、あとはCG人間という意図がよくわからない事になっているのです。出てくれる人がいなかったのか、それともやっぱり他の人のレビューを読むところこれは「実写とCGの合成への挑戦」ってやつなのか。うまくいってないんじゃないかな、全然。とにかく「イノセンス」にも負けないくらいのすごい凝った世界観のCGの街に、バイオハザードのキャラみたいな人間がうろちょろしてるんです。
ストーリーも、単純だから理解できるんだけど逆にあまりに単純すぎて、深読みせざるを得ないみたいな感じ。エンキ・ビラルの作品を今までに見た事がないからそう思うだけかな。ファンがみたら違うのかな。最初から、CG映画だと思って見に行けばよかったのかな。
ただ、女の子(リンダ・アルディ)がかわいくって、それだけで良かったかな。ひたすら青い衣装とか、メイクとかが似合ってて、去年フジロックでみたビョークみたいな、神秘的なところが好きでした。
でもやっぱりあえてオススメはしません。
あの予告編、いいとこ取りしすぎじゃないだろうか。

正解

jbfw365j.JPGそんなわけでこれが正解。分かる人には分かるらしい。銀座線丸の内線にも登場!でも、所詮後ろ姿。

ところで

k5u4kdcd.GIF本日5月10日、日経新聞とっている方は暇だったら私を探してみてください。どっかにいます。っていうか多分分からないような気もするけど。後ろ姿だし。MSNのトップページのバナーにもちゃっかりと。

物欲旺盛

ひとめぼれ、というものを私は人に対してはしないと信じているのだけれど、モノに対してする。何かを見つけたとき、迷ったりする時は大抵買わない。好きか嫌いか迷ううちは、好きではない。本当に「出会って」しまった時は、迷わない。値段とか関係なく、1秒後くらいにレジにいるのです。いわゆる、一目ぼれ=衝動買いなのです。「100万回生きた猫」(一万円也)のプレミアムBOXが良い例です・・。
そんなわけでGW中、旅行に行ったりしなかった代わりになんかいろいろ買ってしまった。

①もじゃもじゃ毛の生えたサンダル
②下北で発見、緑と黄色の大きなペアのスープボウル
③ウンナナクールの水玉キャミソール他
④80年代風の店で買った50円のボトルキャップ(ヘルシア緑茶用)
⑤渋谷ハンズで画材(インク、画用紙)
⑥色とりどりのスケッチブック
⑦ブラックベアのポストカード、ブックカバー、額縁(ブルーナ展で)
⑧本いろいろ
⑨タイルに貼るネコシール(ネコ関係はひとめぼれ率かなり高い)

買いすぎ?!「どこも行ってないし・・」というのが免罪符となりいつもよりストッパーがかかりにくかった。でもこの中で本当にひとめぼれしたのは⑥くらいかな。モノとして買ったのはこれくらいだけど、他には映画みたり芝居見たり展示みたりリッチに食事したり、いろいろお金使いました・・


お金と時間の使いみち=その人の人生観

というのはあっていると思います。車をピカピカに磨くのに一日かける人、車なんて乗れればいいと思ってる人。芝居に一万円払って2時間椅子に座っていたいと思うひと、思わないひと。ゲームをする人しないひと、みんなそうだ。お金はともかく、時間は、本当に限られている。それをどう使うかが、その人の生き方になる。当たり前の事なんだけど。社会人になって、「自分の時間」がどれだけ心地よく過ごせるかが全てになってきて、自分にとっての1秒1秒の密度を濃くする事を常に意識するようになった。例えば、絵をあげた友人がお礼に、とくれたふかふかの白いバスタオル。タオルなんて身体が乾かせればよいと思っていたけど、それがふかふかのやわらかいタオルになると、お風呂に入る事がこんなに嬉しくなる。好きなもので、自分の身の回りを固めよう。洋服も、食器も、洗濯ばさみも。人間、機能だけじゃ生きていけないと思う。かわいいボトルキャップがついてれば、ペットボトルでお茶を飲むのだって楽しい。お気に入りのお皿があれば、料理を作るのが楽しい。自分なりの美意識とスタイルにしたがって、100%自分の築いた秩序にそって暮らす、ひとり暮らし。これってきっと今しか出来ないかなり幸せなこと。
自分の価値観や美意識を人に押し付けるようなことはしてはいけないと思うけども。

沈まぬ太陽

ley6m78t.JPG「白い巨塔」(原作を読んでドラマは最終回しか見てない)以来、山崎豊子にはまってしまって今読んでいるのは「沈まぬ太陽」。
この人の本を読んでいて本当にすごいと思うのは、ある特定の年代の特定の事象についてすごく深く掘り下げている物語なのに、結果としてそれが出版されてから20年以上たった今の時代にもマッチしているところ。それってつまり、業界の中身なんてそうそう変わってないって事だろうか。医学界にしても、航空会社界にしても。最初白い巨塔読んでたときなんて、途中から完全に「現代」を描いていると錯覚してしまって、文章の中に「給料が3万円」とか出てきてて「え、教授なのにこんなに安いわけ?!」とか混乱してしばらく気づかなかったくらいだ。
ただ、「沈まぬ太陽」に関しては今だったら違うだろな、と思うところがある。
主人公の恩地が、(ちなみにこのひと、里見と財前もそうだけど名前が結構その人を表すみたいになってる事多いよね。恩地のライバルは行天、だし)テヘランやカラチ、ナイロビなどの僻地を10年もたらいまわしにされているにも関わらず、絶対に「会社を辞める」っていう選択肢を考えてないところ。会社の都合で流刑にされて、家族にも迷惑かけまくって、それでも会社をやめるわけにはいかない、と常に考えてる。終身雇用が当たり前だった社会に書かれた本だけど、今だったらここまでされたら「もういいや、辞めてやる!」ってすぐに思うんじゃないかな。全く変わってない部分と、変わってる部分。そこを考えながら読むのがおもしろい。

たぶん

ha6q9hjh.JPG「自由」の反対語は、「幸せ」。
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