Denali's Room 一語一絵

旅と猫とあんことスイカを愛する絵描き、デナリこと大野舞が日々をつづっています。

flpd9h65.JPG塊魂、本当に楽しいです。なんか、本能に訴えかけてくるものがあります。解明されていない遺伝子の中に「ころがしたい。そして大きくしたい」という欲求があるのかも。雪だるまも同じ。

今日は久しぶりに芝居の稽古の現場に一日中いました。劇団印象-indian elephant- の第2回公演「嘘月」もいよいよ公演まで一ヶ月を切りました。今回私は役者としてではなく、フライヤーのデザインとHPの絵、そしてなぜか衣装として関わっています。
でもやっぱり役者の皆様が稽古している姿をずっと見ていたらうずうずしてきてたまらなくなりました。1つの表現を、大勢で行うという事。全く違う個性やキャラクターを上手く撚り合わせて1本の太い綱にするために編んでいく行為。自分じゃないものになって、自分じゃない人生を語る事。衝突しながら、苦しみながら、それでもちょっとした何かをきっかけにハッとするくらい誰かが突き抜けた演技を見せること。
わくわくする。楽しかった。私は今、役者として参加は出来ないけれど、自分に出来る事をやって、これからも「舞台」というものの端っこにつかまっていたいと思う。

011yptkk.JPGりんごのなかにはまちがある。
りんごの穴から宇宙をのぞく。

恒例になった「今日のらくがき」、見てくれている人から写メールだと見にくい
とのコメント。そう、これただの写メール。本当はきちんとスキャンすればよい
のだけど、毎日描いているとついつい。
そこで。私の絵を好きだと言ってくれる人がいるのはとても幸せなので、もし、これから載せる絵を好きだと言ってくれたり、ちゃんと見たいというコメントORメールをくれた人がいたら、そうしたらその絵はスキャンして、GREEにアップするか、その人に送ろうかな、なんて事を思いつきました。これってもしや自分で自分の首を絞めてるかしら・・でもいいや。とりあえずやってみます。

4hjiygj7.JPG私が東京で惹かれるもののひとつ、ビルの上のクレーン。高いところからみると、いろんな工事中のビルの上に赤と白のクレーンが乗っていて、高い位置にあるちょっとした森みたいに、たくさん見える。

最初は地面にあるクレーン。
仕事をすればするほど、どんどん高くのぼって気づけばまわりには何もいない。
頑張れば頑張るほど孤独になっていくなんて、なんて悲しいんだろう。その悲しさが、とてもいとしい感じ。クレーンの足元に、未来が出来ていくのです。
見ていると、そういうひとりぼっちになったクレーンたちがお互い会話をしているように見える。
「どうですか、そちらさんは」
「ぼちぼち完成ですかねえ。今日はいい天気だなあ」

n68ujv17.JPGはっけん       ふくろうげんぞう


よるになると
あたまも めのたまも ひかってきて
いろんなことを はっけんする

ゆうべは
「うちゅうのふところは でかい
 わしのふところも でかい」

ということを はっけんした
しんはっけんであった



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私にはだいすきな詩集があることを思い出しました。工藤直子さんの「のはらうた」全部で5冊くらい出ています。小学生のときに、何百回か分からないくらい読んだな。うさぎふたご、すみれほのか、けやきだいさく、へびいちのすけ、かまきりりゅうじ、みのむしせつこ……のはらの生き物たちが、書いている詩集なのです。この間ふくろうの絵をのせたので、その中から「ふくろうげんぞう」さんの歌を紹介。なんて幸せな気持ちになれるのでしょ。

pfi763yk.JPG2ヶ月ほど前から、フォスターピアレントというものになりました。つまり養父。私のフォスターチャイルドは南アフリカ、ケニアの大きな湖の近くに住んでいるピーター君、現在11歳。写真を送ってもらったのだけど、笑顔がとても素敵な男の子で、家族は9人の大家族。ピーターが18歳になるまで、私は彼を経済的に援助していくのです。
きっかけはごく単純なもの。私にとっては飲み会に行くような金額で、世界のどっかの誰かの為に何かが出来るっていいな、って思ったくらいでした。考えが変わったのは手紙が届いたとき。「将来の夢はお医者さん」って書いてあるのを見たとき。それまでリアリティのない国だったケニアが急に私につながって、そこで生きて生活しているピーターの姿がハッキリと浮かんで、すごく意味のある事だと思えた。彼が夢をかなえるのを、日本から見守っていきたいのです。それは、単なる自己満足なのかな。
でもそんなのどうでもいい、とも思う。物理的に、ピーターが勉強できたり、病気を治したり出来る事の方が大切。誰かの為を思う事で自分も満足できるなら、それには何の問題もないはず。少なくとも、私が働いて毎月もらっているお金には意味が生まれる。私も日本の写真や家族の写真を送ろうと思います。彼はそれを見て何を考えるのかな。希望すれば、会いにだっていけるのです。多分地球の上で、普通に生きてたら繋がらなかった全然違う点と点が繋がった感じ。写真の笑顔が素敵だったので、思わず紹介しようとしたけれど、本人の了解をとってないのでケニアの写真にしました。行ってみたいなあ!

0hh81u9a.JPGを、見に行きました。映画を前に見ていて、それはとても好きだったので前から楽しみにしていた。結論は、とてもよかったです。芝居を見に行ったというより、本当にHEDWIGのコンサートに行った、という印象。観客が立って踊っているという普通の芝居じゃ考えられない状況。三上博史の大迫力の演技、ほっそい足、引き締まった腰、淫靡でエネルギッシュ。見て思ったのは、私は映画を最初に見てしまったから「映画作品の舞台化」という視点でどうしても見てしまったけれど、もともとはオフブロードウェイの作品で、これはやっぱり「舞台」のための物語だったんだな、という事でした。
映画には、映画にしか出来ない表現方法がある。アニメーションに切り替えたり、カラオケになっていたり、場所を変えるのも、過去に遡るのも、自由。けれど、HEDWIGのあの「笑ってでもいないと泣いちゃうじゃないの」というほどの人生、それを観客に伝えられるのは舞台。2時間ひたすら彼女の語りと回想と歌のみ。場面も変わらない。登場人物もバンドメンバーのみ。でも、何より響いてくる。歌、いいなあ。中でも「愛の起源」が好きです。人はみんな自分のカタワレを探しているのです。

0fljj6lb.JPGこだま和文さんという方の素敵なふくろうを見たら久しぶりに描きたくなって、それで描いたふくろう。小学生の時から私はふくろうが大好きでよく描いていました。特に哲学者みたいな、あの目が好き。360度見渡して、何を考えているのやら。メキシコで洞窟を観光していたら、いきなり真っ白なふくろうがいてじーっと見つめられたのが今でも忘れられなくてそれ以来私のふくろうのモデルはいつもその白いふくろうになったのです。

b7wqn7yc.JPG「こーんな電車がここば通っていたとね!」(「農業少女」野田秀樹)

という台詞を素で叫びたくなってしまった、それは世田谷線。三茶歴2年目にして初めて乗りました。普段乗ってる人にとったら何を今更!な事なんだろうけど、こんな東京のど真ん中に地元鎌倉の江ノ電に勝るとも劣らないローカルな雰囲気ぷんぷんの電車が走っていた事に感動。だっていまどき二両(あれ、四両くらいはあったかな)編成、料金はどこまでいっても一律130円、改札には人がいて、機械に直接現金を入れる仕組み。そして速さは多分、全力で自転車に乗った方が速い。参考書を開いている中間試験前の中高生やらがたくさん乗っていて、なんだか電車のレトロな雰囲気と相まってタイムスリップしたような気分になりました。

9pra0oc1.JPGひつじを数える。この週末に描いたらくがきの枚数、載せてないのもいれたらなんと全部で9枚!我ながらいっぱい描いた。

rm1e2p8x.JPG最近毎日更新。今日のらくがき。めざせ、一日一枚。

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