Denali's Room 一語一絵

旅と猫とあんことスイカを愛する絵描き、デナリこと大野舞が日々をつづっています。

オタクの何が悪いのか。
何かについて語れる事が悪いことなはずはない。限りなく狭く、限りなく深く、踏み込んでゆく事で見えるものがある。(見えなくなるものもある・・・)
対象がなんであってもいい。熱く語れる事が何もないなんて、つまらない。けどそれは孤独になっていくことでもある。バカの壁的に言えばオタクはy=axの係数が異様に高い人の事で、自分の係数を高くしていっても周りとの壁は高くなるばかり。うさぎの皮膚の表面から自分だけ毛のてっぺんに上ったら、そこには誰もいないんだ。(ソフィーの世界)
多分オタクのよくないところはそこからなんだな。何かにはまっている事が悪いわけではなくて、コミュニケーション能力の問題。理解してもらえない→理解できるわけない と思ってしまうのは、きっと駄目。タコツボ化の一途をたどるから。かといって自分にだけ見えてるものを人に強要するのはもっとマイナス。
なんかすごくあたりまえのような事を書いたな。とにかくコミュニケーション能力の高いオタクを目指す事にする。

95grss91.JPG今日ふたつめのらくがき。描いていると没頭できてらくちん。

nupmb24b.JPGを見ながら描いたらくがき。

k4gm0ycv.JPG今日は情緒不安定気味。あまりはかどらない。


こういう吐き出し系の書き込み、掲示板の時には普通にかけたのに、ブログの今は「後で消すかな・・」とか冷静に考えてしまうのが、掲示板とブログの違い。

アーカイブ化されてしまう事を考えると、文章の推敲をしなくては、とつい考えてしまう。誰だか分からないけれど、40人とか50人の人が毎日見てくれていることを考えると吐き出し系の書き込みって気がひける。それが「人に見せて、蓄積する」事を最大の特徴にしているブログの良いところでもあり、ちょっと使いにくいところでもあるんだろな。

今日は、駄目。言いたい事が言えないし、言ってはいけないから。

t1jr3emy.JPGゲーマーだと思われているけれど私がするゲームはRPGがほとんど。
アクションとか、パズルとかはやらない。本も山ほど読むけれど、小説が多い。

考えてみると、私は「作られた世界」や「物語」が好きなんだな、と思う。
特に、完全に、100%、誰かの頭の中で構築されている世界。
だってそれっておもしろいじゃない?
なんの必要があってその人はどこにも存在しないその世界を考え出したのか。
何を思って、そこに生きる生き物や、言葉や、単位や、歴史や、食べ物を作ったのか。
それってどっから出てきたの?
それってもしかしたら地球を作った人の考えにも通じるかもしれないと思うと。

ノンフィクション小説も、ビジネス書やエッセイ、教養本みたいなのも読む。
現実ももちろん物語には違いないし、新しい切り口や視点をもたらしてはくれる
けれど、それはわりと実際的な人生に対する栄養。恋愛小説とかはこっちに入るかな。
そういうジャンルのものは「自分の中にどう消化するか」みたいな視点で読む。
そうじゃないものは、「そこに旅行に行く」みたいな視点で読む。

小さい時、おばあちゃんが寝る前に布団の中でしてくれた村の話。
ナウシカやラピュタの世界、グインサーガの世界、FFの世界、指輪物語の世界
、ミヒャエル・エンデの世界、イノセンスの世界、「パンドラの鐘」の中の古代の王国、
ヤマムラアニメーションの世界、あとはマグリットとか。
誰かの頭の中にしか存在していない世界と、そこに住む人たちと、その生活。
あまりにも完璧に作られた世界はそれ自体が勝手に動いていて、
語られる以外のその人たちの日常だって想像できる。

そんなわけで私は妄想から生まれた世界は
とてもよくその人の頭の中を語っていると思うのです。
その人がふと思いつかなかったら永久に存在しない、っていう
危ういバランスの上に成立してる。何がわからないって「他人の頭の中」ほど
分からないものはないから、他人の中に自分では決して思いつけないような
世界が生まれているのを見たいと思う。現実よりも。

大好きな本や絵本は何度も何度も、本当に何度も読む。映画も何度も観る。
どれだけ浸っても、その世界では単なる旅行者にしかなれないのが
悔しいんだけど。いつか自分自信が、そういう世界を作れたら、と思う。

bnynrot7.JPG今日、朝駅まで歩いていたら空気が濃くってまた夏の香りがした。それで、思った。
「視覚」はビデオや写真で記録に残せる。「聴覚」は録音すれば残せる。
でも「におい」はどうだろう。
その時の「におい」を瞬間的に永久冷凍保存できるような
ものって、ないんだろうか。前に何かで五感のうち、
人間が一番長く記憶に残せるのは嗅覚だって何かで読んだ。
それって、外部に残しておけないからそうなってるのかな。
私は「におい」に敏感なほうだと思う。
友達の家のにおい。
6歳までしか住んでなかった保土ヶ谷の家のにおい、
もうしんじゃったひいおばあちゃんの家のにおい、
アラスカのにおい、メキシコのにおい、タイのにおい、アイルランドのにおい。
アラスカは山と雪のにおいで、メキシコは蒸したさつまいものにおいで、
タイはもち米のにおいで、ダブリンはコーヒーとみずたまりのにおい。
それから、SFCのにおい。(覚えていたいかどうかはともかく)

たまに今、そういうかつてかいだことのあるにおいがどこからか
ただよってくると。「あ、あのときあの場所でかいだ」って思って、その時みたものや
一緒にいたひとや食べていたものを全部思い出す。
においはとても主観的なもので、全く同じにおいでもなんとも思わない人も、
涙が出る人もいる。
人間の感覚の中で、一番デジタル化が難しいものじゃないのかな。
においをデータベースにして、好きなにおいを写真のアルバムみたいにいつでもかげたら、って思うけど
それは嫌だな、と同時に思う。頭の中にしか残せないものこそ、ほんとうに覚えていようと努力するし、
装置になってしまったらつまらないかもしれない。におい=その人の記憶、だから。においを全部覚えておければ、日記をつける必要もないのかもしれない。におい日記。

でも、広告でもにおいがついていたりするし
結局はにおいの分子が鼻のねんまくについて感じているものだから、デジタルになってしまうのかな。
誰か教えて。

そうそう、昨日生まれて初めての体験をした。それは「舌がつる」という事。
うれしくもなんともない、むしろ恐怖。ジュースをストローでのもうとしたら、つった。
舌がいたい、って手足がつるのとは全然違う。口の中がねじまがっているかんじ。
一人で四苦八苦したけど、泣きそうだった。舌も筋肉なんだなあ。
多分、想像を絶する変な顔をしていたから、誰もいなくて良かったと思う。

640f13os.JPG私の描く顔が、私に似ていると言われます。猫が飼い主に似るようなもの?それにしても無表情。(ていうか焦点合ってないし)だからウインクキラーをすると恐がられるのかな。いつからか私の描く顔はみんなこういう風になった。この絵は会社の配布物用に描いたのでさすがに少し表情あるけども。
ふと思いついて昔のスケッチブックをひっぱり出してきてみてびっくり!みんなすごい笑顔!昔の私の絵は、どの顔も満たされたホホエミらしきものを浮かべているのです。なんでなんでいつから表情がなくなったんだろう。分岐点不明です。覚えてない。宇宙人

rgd0bg41.JPGなぜだか予告編に惹かれたのと、FIFTH ELEMENTが好きだったから見てしまった「GOD DIVA」。1回行ったら時間違って見れなかった悔しさもあいまって、何故か月曜の夜から一人見に行ってしまいました。

実写だと思ってたら、なんか途中からお金のかかってないRPGのゲームの人物みたいなのが出てきて、顔がハテナになりました。つまり、メインの登場人物だけ人間、あとはCG人間という意図がよくわからない事になっているのです。出てくれる人がいなかったのか、それともやっぱり他の人のレビューを読むところこれは「実写とCGの合成への挑戦」ってやつなのか。うまくいってないんじゃないかな、全然。とにかく「イノセンス」にも負けないくらいのすごい凝った世界観のCGの街に、バイオハザードのキャラみたいな人間がうろちょろしてるんです。
ストーリーも、単純だから理解できるんだけど逆にあまりに単純すぎて、深読みせざるを得ないみたいな感じ。エンキ・ビラルの作品を今までに見た事がないからそう思うだけかな。ファンがみたら違うのかな。最初から、CG映画だと思って見に行けばよかったのかな。
ただ、女の子(リンダ・アルディ)がかわいくって、それだけで良かったかな。ひたすら青い衣装とか、メイクとかが似合ってて、去年フジロックでみたビョークみたいな、神秘的なところが好きでした。
でもやっぱりあえてオススメはしません。
あの予告編、いいとこ取りしすぎじゃないだろうか。

jbfw365j.JPGそんなわけでこれが正解。分かる人には分かるらしい。銀座線丸の内線にも登場!でも、所詮後ろ姿。

k5u4kdcd.GIF本日5月10日、日経新聞とっている方は暇だったら私を探してみてください。どっかにいます。っていうか多分分からないような気もするけど。後ろ姿だし。MSNのトップページのバナーにもちゃっかりと。

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