Denali's Room 一語一絵

旅と猫とあんことスイカを愛する絵描き、デナリこと大野舞が日々をつづっています。

2005年04月

img20050407.jpg
続きを読む

img20050406.jpg純粋に「無駄」なものってそんなにない。
無駄使いといったり無駄手間といったりするけれど
通販で妙なものを買ってしまったとしても 「ああ、もう通販はやめよう」という何かしらの教訓になったりするし
作ったデータが全部飛んでも作り直すときには最初よりはもうちょっと早く作れたり何かしら自分に還元されるものがある。お金を落としたとしてさえ、誰かが拾ってくれて人間の優しさに感謝するとか、そういうことがないともいえない。

そう考えると真に無駄なものなんてないようだけど実際は、ありました。それは「定期を家に忘れたときの交通費」です。

ナンの教訓もない。
他者に関係しているわけでもない。
忘れた自分を罵り、同じ間違いを二度と繰り返さぬようにしよう、と後悔するほど大袈裟な話でもない。本来なら払わなくていいはずの数百円の出費があるのみ。
単なる無駄。無駄そのもの。無駄の概念それ自体。つまりイデアとしての無駄なのですきっと。
これほど「無駄」としか呼べないもの、今のところ日常生活の中で他に思いつきません。あったら教えて欲しいです。
それでも忘れるものは忘れるんです。
だってたかが定期だから。

img20050404.jpg
夜は長いけれど 人生は短くて
世界は謎に満ち溢れていて 
今の私にはまだ何も見えてないに等しい
100年あったって足りないくらいだっていうのに
意味を見出せないことに費やしている時間なんてない
1分1秒が指の隙間からこぼれおちていく
あると思っている時間にも いつリミットが訪れるか分からない

そうやって一生かけたって、
見わたせるのはきっともっと大きな意志の背中の虫さされくらいだろうけど。

img20050404.jpg四半世紀を、たくさんの人にお祝いしてもらいました。「四捨五入したら30だねっ」という言葉を何回ももらいました。それ以上にたくさんもらったおめでとうの言葉や贈り物たち。

本当に嬉しく 嬉しすぎて 私はいったい ここまでしてもらえるほどの 何が出来ているのだろうと 考え込んでしまう 
四半世紀生きても全然しっかりしてないし、迷惑ばっかりかけて こころぐるしい。

けれどこうしてこんなに素敵なひとたちに囲まれていること、それだけは私の自慢で、もう、声を大にして近所を駆け回りたいほど自慢したいことです。

生きているだけで儲けもんなのにそれを祝ってくれるひとたちがいるなんて奇跡だ。
ありがとうございます。
出来ることはそんなにないけれど
私が私として生きていく中でちょっとずつでも、私なりの方法でこの感謝の気持ちを伝えて、お返ししていければと思います。
続きを読む

img20050403.jpg

「よく冷やして食べてね」
続きを読む

birthday2.jpg

ぽっかりぽっかり あったかいです

↑このページのトップヘ