Denali's Room 一語一絵

旅と猫とあんことスイカを愛する絵描き、デナリこと大野舞が日々をつづっています。

2011年03月

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【ぶどうの森】(岩手県)
だーれもいなくて、空がどこまでも透き通ってて、静寂そのものみたいな、違う世界に行ったみたいな素晴らしいところだったな。お気に入りの写真。

おしらせをひとつ。
2006年に一緒に船に乗って世界一周した仲間たち、頼もしいピースボートの人たちが既に被災地で炊き出しなどの支援活動に関わっています。私も、自分の出来ることのすくなさに葛藤を覚える日々ですが、せめて告知を。

「災害地派遣の一般ボランティア大募集」
http://www.peaceboat.org/info/news/2011/110321.html

今あらゆるところで寄付金が集められ、助けも必要ととされ、でも、逆にあまりにタッチポイントがありすぎてどうしたらいいのか分からない、ということがあると思います。寄付にしても自分が託したものがどうなるのか謎。赤十字とか大きな規模だと巨大すぎて曖昧になりそうだし、でも規模が小さ過ぎてもちゃんと届くのか心配。被災地の助けになりたくても、単身乗り込んでいいのか分からない。

だから今一番求められてるのは「まとめて、しきれる」存在だと思います。こういうとき常に最前線で活動してきたPBの仲間たちは本当に頼もしい。阪神大震災以来、被災地にボランティアを派遣してきたプロフェッショナルたちです。培ってきた経験とノウハウがあるので、組織的に的確な動きが出来ると思います。

今も一緒に船に乗った友達が石巻で炊き出しをしています。皆、現地の負担にならぬよう、もちろん寝袋もテントも水も食料も各自で持参しています。50人規模のチームが1週間交代で支援を続ける体制をとりつつあるので、ボランティアはいくらでも必要な状態だそうです。(2011年3月30日現在。)説明会もたくさん開催されます。

もっと何か出来ないだろうか、と思っている人、実際に現地に行きたい、と思っている人、是非、上記サイトをご覧下さい。

*PBスタッフ&ライターの高橋真樹さんのブログ。説明会の様子など見られます。

*過去にウェブリポーターとして乗船していた方々がPBの支援の現地の様子をまとめたレポート。写真が、あらためて、すごいです。

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ちょっと久しぶりな感じの、お知らせです!祥伝社さんから発行されているムック、「Feel Love」に、2回にわたってよしもとばななさんの特集、そしてその中に「もしもし下北沢」のフリマの紹介があって、私も光栄なことに載せていただいております!写真は、左が一号前のVOL11、そして右が最新号のVOL12です。特にVOL11は全体がばななさんの特集で、本当に豪華、永久保存な内容なので、是非ご覧下さいませ。続きを読む

2
体と心は連動している。心にかかる無意識な負荷が、体の不調として出てくる。ということは、つまり逆も可能。体を、肉体を、楽しく嬉しい方向にもって行けば、気持ちもまた楽しくなるのです。

何はなくともとりあえず笑ってみる。
無理やりにでも、別に楽しくなくても、顔の筋肉を動かしてニコニコしてみる。なんでもいいから「笑い」の表情を作ってみる。すると根拠のない嬉しさが湧き上がってきて、元気になる。嘘だと思って、やってみてください!10秒くらい、この世で一番面白いもんを見たと思って!びっくりするくらい効果ありです。

心はいったんどこかにしまって、純粋に、体が、喜ぶことをする。美味しいものを食べても、運動しても、美しい花やお気に入りの写真集を眺めるのでも、なんでもいいと思います。この場合は本を読むとか何かを書くとかそういう頭を使うことより、「頭はなるべく使わず五感を喜ばせる」事の方が有効だと思う。筋肉の動き、血液の流れ、呼吸、細胞の振動、そういう肉体を作る全ての物理的な反射や反応に、結果的に心がひっぱられて、妙にエネルギーが満ちてきます。

そんなわけで、よく家で不敵に意味なくニヤニヤしています。私の場合それに加えて最近覚えたアンパンマン体操が加わったりするので、やっているうちに本気でテンションがあがってきて、それはそれで疲れます。これをもし屋外でやったら補導されること請け合いです。でも気にしない。子どもになったつもりで。
まあ、ただニコニコする分には、どこでも、ね。

元気、出ます。

おじいちゃんの時計
連休は避難ではなくただの帰省をしてきました。家族の顔を見て、ごはんを一緒に食べて、こんな時でも大盛りなゆうき食堂に行って、映画を2本観て(「プレシャス(→とても良い映画だったけれども、気分を明るくしたい時に観るのはおすすめではない感じ・・)」と「第9地区(→今までのエイリアン映画と全然違う切り口でいろいろびっくり。楽しかった)」)、猫たちを存分になでまわして、嫌がられて、と特に何もしていないんだけど、心がほどけました。やっぱり地震からずっと東京の一人暮らしの家にいて、心が自分で思っているより緊張してたんだな、と思いました。家族が無事に集えることに、改めて、感謝。それだって永遠に続くわけではないのだから、しみじみとその時間をかみしめる。続きを読む

いくみち

一週間がたちました。
いつも一週間があっという間に過ぎてしまうことを嘆いていたのに、今回に限ってはまだ一週間か、と思った。もっとずっと長い時間が経ったように思える。「こんにちは」の代わりに「大丈夫だった?」と言って、「さようなら」の代わりに「気をつけて」という一週間。続きを読む

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「おや、みなさん、どうしました。さあ、えんりょなく食べて。ボナペティ。」
三人が、ようやくスプーンを手にとると、料理番のホー君が風のようにあらわれて、もっとたくさんのお皿をテーブルの上にのせていきました。
「これは前菜。トマトのつめものに、きじ肉のパイ、ヤギのチーズに豆のサラダ。さあ、どんどん食べて。」
お客たちは、だまって料理を口に運びました。
「ザグドガ森ではふだんはどんなものをめしあがりますかな」
「山アスパラ、さるなし、きのこなんかも食べるよ」
青おばけが、チーズをほおばりながらこたえました。

(「ザグドガ森のおばけたち」本文より抜粋)続きを読む

さくら小
北上市立公園展勝地
(岩手県北上市立花10地割)
いーはーとーぼの桜の見所は、4月中旬くらい。訪れたのがちょうどその時期だったので、さくらまつりを見ることができました。
「日本のさくら名所100選」にも選ばれた名所、北上展勝地。2キロほど続く遊歩道に沿ってモコモコとピンクにうめつくされていて、その美しさに息を飲みました。ピンクの巨大なひつじたちがぎっしり「おしくらまんじゅう」をしているのかと思った。ここで本を読みながら、一日ぼんやりしたかったなあ。
今年もきっとこんな風に、桜は満開に咲くだろう。花見の季節ももうすぐ。でも今年、明るい気持ちで桜を見られる人は少ないだろうと思う。そのことを悲しく思う。
それでも、春は、やってくる。あたらしく生まれ変わる季節。
冬の間眠っていた命がいっせいに芽吹いて、
力強く成長する季節に移り変わっていく。

早くみんながのんきに桜の下でさわげる春がやってくればいい。
テレビがこぞって取材するのが、早起きして花見の席を取ろうとして目をこすっている新入社員たちになればいい。続きを読む

めがねばし小
「めがね橋」(岩手県遠野市)
ジョバンニやカムパネルラが、空とぶ鉄道に乗って、夜空を飛んでいくのが目に見えるよう。めがね型のアーチの中にキロリと光る猫目が見えるよう。

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「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」
ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」
カムパネルラがぼんやり云いました。

「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。
わたしたちはこんないいとこを旅して、
じき神さまのとこへ行きます。
そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて
立派な人たちでいっぱいです。
そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、
きっとみんな助けられて、
心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや
自分のお家へやら行くのです。
さあ、もうじきですから
元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」

(「銀河鉄道の夜」より)
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6

できごとは変えられなくても
できることは変えられる。

どっかりあぐらをかいて、深く、深呼吸して
本能の声にいつもより耳をかたむけて
へその下に力を入れれば、フツフツ何かが沸いてくる。

今日は今日。
明日は明日。

ちょっとずつ、一歩ずつ。

7
私は無事だし、こうしてブログを書いたり出来ます。
大津波警報が出ていた神奈川の海沿いの実家も大丈夫でした。
岩手にはまだ連絡がつかない友達もいるし、被災地に家族がいる友達もいます。今も命の瀬戸際にいるひとたちが多くいて、なにひとつ収束していない中、なんでコーヒー片手にブログを書いているんだろうと思うけれど、自分も何かしらバランスをとろうとしているんだと思います。みんな「今こんなことしてていいのか」「わたしも何かしなくちゃ」って思って必要以上に疲弊している気がする。「いつもどおり」でいることも「できること」の大事なひとつだと思う。
命をかけて現場にいるわけじゃない。お金を集められる力もない。
できてないことの方が圧倒的に多い。でもできることもある。
できないこと、する必要のないこと、できること。
これらをちゃんと見極めていかなくては。

こころは、全力で祈る。
からだは、平常心で動かす。
余震への備え、節電、寄付、掃除、料理。
あとは絵を描く、いつもどおりに。続きを読む

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