takaiここ何日か続けてたかいところにのぼった。Roppongi Crossing展を見に森美術館の展望台やら、ユトリロ展を見に東郷美術館やら。

たかいところから東京を見下ろすと、一体なんてものすごい場所に自分は生きているんだろうと思う。
たったひとつの小さな窓から、昔働いていた会社も、10年くらい前デートで歩いた事がある道も、友達が住んでいる家も、父が設計に関わったと自慢げに話してくれたビルも、ぜんぶぜんぶ見渡せる。眩暈がするくらいのたくさんの人生が凝縮されている。

たかいところは大抵静かなので、渋谷のスクランブル交差点ほどのナマナマしさはないのだけれど、その分ひたひたと問いが押し寄せてくるみたいに思えるのです。

走馬灯を見る感じってこういう感じかもしれない。
そしてただひたすらぼんやりとしてしまう。たかいところから見る夜景はものすごくキレイだと思うし、憧れるのだけれど、実際私がたかい場所(高層マンションの上の方とか)に住居を構える事は生涯ないだろう。

ただでさえグラウンディングが下手なのに、こんなちょっと気を抜くと「あれ私って今だれだっけ」みたいになってしまいそうな場所ではふわふわしすぎる。きっと美しい夜景も光る東京タワーも素敵なレストランとかにごくたまに連れてってもらったりして見るほうがいいのだ。I LOVE 地べた!

たかさにはいろいろあって、飛行機みたいにもうどうしようもなくたかいと案外怖くないが、こういう風に「見渡せる」「把握出来る」たかさがいちばん怖いのだ。人間はすごいなあ。自力でこんなに地上から高いところまで来られるんだから。それは飛行機で他の国に行けるとか、宇宙船で宇宙に行けるとかとはまたちょっと違う話。

ちなみに今日はじめて行った新大久保の、韓国料理やさんがたくさんあるエリアで入った喫茶店で、声の大きい日本人のおじさんが、韓国から来たであろう年の離れた美人の女の子(関係性不明)に説教くさく語っている中で、ふいにぽつっとこうつぶやいた。

「いいか、おめえ・・・。東京はな、怖えところなんだぞ。ここは、コンクリートジャングルだ!見えそうで見えないところに真っ黒いやつらがたくさん隠れてやがるんだ。」

芝居がかった言い方と自分に浸った声の調子に、普段だったらクスっとしてしまったかもしれないけれど、たかいところから東京を見たあとだったので妙に納得してしまって、その韓国人の女の子と一緒に神妙にうなづいた。