Photo 10月 03, 21 24 43

ミコノス島から帰ってきました。
帰りはミコノス島→イタリア・ミラノで美味しいディナーを食べてよっぱらい→ドイツ・ミュンヘンで一瞬の滞在時間だったけど気合でソーセージとプレッツェルを食べ→飛行機の中で「エアベンダー」「ストリートダンス」「トイストーリー3」を立て続けにみたら目が疲れて熟睡して、気づいたら日本、という感じでした。

今は家でこのブログを書いておりますが、まだ全然帰ってきた実感がありません。時差ぼけで朝まで寝られなくて、朝寝たら今度は昼過ぎまで起きられなかったのですが、ミコノス島にいる夢を見たので余計に自分がどこにいるのかわけが分からなった。

どこかに行けばいくほど、もっとどこかに行きたくなる。行き先や目的が問題なのではなくて、心が流動的である状態、物事が固まっていない状態、そこに身を置きたくなるんだなきっと。

いつもと違う時間を生きていると、全てのものにアンテナが立って、一日一日がとても大事で、目に映る全てのものが新鮮で、時間の密度も濃くなるし、その密度の濃さを吸い取る自分の吸収力もぐんと高まる。
終わりが近づくと悲しくなって、もっと今を生きよう、もっとこの瞬間に集中しよう、全部忘れないように、という力も加わって一瞬一瞬をデジタルではない心のフィルムで写真に撮っている感じになる。日本にいるときより物事がすっきりシンプルになって、自分がどうなりたいのか、どうしたいのかがクリアに見えてくる。
そのとろっとした旅をしている間特有の空気を、ずっとまとっておけたら、といつも思う。じゅんさいのまわりについている透明なゼリーみたいに。

旅の間は全部がこれ以上ないくらいリアルで本当なのに、帰ってくると、旅の方が素晴らしい夢みたいになって、忙しくなったり目の前のことで精一杯になってしまったり、もちろん夢みたいにすぐに忘れたりは絶対しないけど、だんだんと旅の空気は薄れていってしまう。一生懸命、小さくなっていくゼリーの中に頭を突っ込んで呼吸しようとするけど、最後にはそれはなくなってしまう。でもそれは決して消えてなくなってしまうのではなくて、ゼリーが自分の中に吸収されて見えなくなってしまうだけなのだけど。

本当はどんな魂も、宇宙からみたらほんのちょっとの間だけ地球を旅している旅人のようなものだから、一生の日々そのものが旅そのもの。今日が今日だけしかないことは、どこで何をしていたって同じこと。エーゲ海でカクテルを飲んでいても、満員電車に乗っていても。それがいやというほど分かっていても、旅をするように日常を生きることは、実際は結構難しいのだ。同時に、無意識に平和な日々を過ごせることは、実はこれ以上ないくらい幸福なことでもあるのだと、思う。

今回は私にとってやっぱり特別な、楽しく一生忘れられないような旅だったので、いつもよりもっと、この旅の余韻にしがみついていたい気持ちになるんだろうな。良い旅でした。これから先何度も何度も思い出すだろうなあ、っていう瞬間がたくさんありました。ばななさん、ひろちんさん、ちびちゃん、たくじさん、ジョルジョさん、としさん、ミコノス島の神様、本当にありがとうございました。
また行きたい・・!

ちなみに、さっき見た夢は、ミコノス島のバーで働いているんですが、ミントジュレップをお客さんに注文されて、砂糖とか氷とかバーボンとか全部そろっているんだけど、ミントがなくて代わりにニラしかなくて、正直に言うか、ニラでミントジュレップを作るかどうかすごく迷っている夢だった。どう考えても、臭いだろう。

ただいま。

ただ、いまをいきるために

ただ、いま。