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あまりにも元実家の私の部屋が物置状態のすごいことになっていたため、少し前に丸一日かけて思い切った大断捨離をした。
実家を出てずいぶんと経つけれど、人の出入りがない家や部屋は、本当にせつなく寂れていくものだと思う。たとえどんなに片付けて綺麗にしていても、「動かない空気」がその空間を支配していく。何が違うかはうまく説明できないのだけれど、そういう意味では古い廃墟も最新のモデルルームも、同じなのかもしれない。家は、人の温度があってやっと完成するものなんだと思う。昔自分の部屋だった場所でぼんやりしながら思った。そこでたくさんの時間を過ごして泣いたり笑ったりいろんなことがあったはずなのに、今となってはもう、その空間は私にさえちょっとよそよそしい。

それにしてもいろいろなものが出てきた。いろいろなものを録音したらしき謎の大量のカセットテープ、予備校の時きっちりとってたノート、高校の時の制服、昔描いてた恥ずかしすぎる絵とか手紙とか、なんと、小学校の時のランドセルまで・・・。うぎゃあ、とかひええ、とかいちいち叫びながら、処分するものを箱に入れていったらあっという間に30袋くらいのゴミ袋がいっぱいになりました。

大量の漫画や本も身を切る思いで古本屋に売った。小学生~大学生までのためにためた愛する漫画たちが400冊で2680円だなんてなんて切ない世界。でも捨てるよりは誰かに読んでもらえるかもって方が救い。(でも僕タマと赤僕とグリーンウッドと幽遊白書とBASARAは捨てられなかった!それ以外もまだまだ千冊単位で残っている・・・)

思いいれある本や漫画、日記、写真、手紙、落書き帳、そういうものがいつも一番処分しづらい。それでもモノは来世まで持ち越せないしエネルギーはどこかで循環させなくてはいけない。愛をたくさん注いだものは、自分の細胞の一部だからモノは手放しても大丈夫。

そんな中にあった、両親がとっておいてくれた、私の小学校3年生くらいの時の日記。小学校の先生と、交換日記のような形でやりとりしていた日記だ。これを読んで思わず笑ってしまった。「じぶんでもびっくりするくらいすごいことをしています」って、イチローか!32歳の自分がびっくりや!

こんなの書いたの覚えてないのですが。でも、ずっとこんな強気のまま今に至るわけでは全くない。というかその後現実が見えてしゅーんと諦めてた時期の方が全然長かった。学生時代美術部では下手くそで落ちこぼれて、仕事にすることは無理だろうと思ったし美大も早々に視野からはずした。でもアラスカ留学中に自分ともう一度向き合って吹っ切れて、仕事にならなくてもいいや、好きなんだから何か描いてれば幸せだからとにかく続けよう、と思って、がむしゃらに走ってきた先に今の自分がいる。ピカソの言葉にもそんなのがあったけれど、ひとつのことを毎日毎日ひたすら10年も20年も続けていれば、同じ道を何度も行き来することで轍が深くなってゆくように、何かしらをもたらすのかもしれないと思う。

「信じればかなう!」とかじゃなくて「少なくともやめない」ということが大事なんじゃないかと。
9歳の時ほど今も強気になれないけど、でも結局はこのときのこの言霊が、未来を引き寄せたのかもしれないと思う。もちろん、両親をはじめ周りの人が応援してくれたことも大きいです。願わない夢は実現しないのも確か。

未来の自分に手紙を書いてタイムカプセルに入れる、というようなことを昔やった人は私世代では多いのではないかと思いますが(今もやるのか??)この日記も期せずして自分の部屋というタイムカプセルから出てきた、昔の自分からのメッセージのようにも思えました。長く仕事をしていると慣れだってあるし、昔は立ち止まって考えていた部分をスタスタと歩いて流すようになってしまった部分もやっぱりある。そんな自分を9歳の自分が諫めてくれたようで、夜空ノムコウじゃないけれど、「あの頃の未来」に立っている自分を、見つめなおす良い機会となりました。なにしろ今も途上にいることだけは確実。夢はまだまだ向こう側にきらきらあるのです。

こうして今書いている言葉も、また20年後に読み返したら面白く思うかな。このブログも10年続けて、既にタイムカプセルかもしれないな。恥ずかしくて読み直さないけど。

それから、もうひとつは多分生まれて初めて作ったであろう絵本。3歳とか4歳とか。自分でまだ字がかけないから、多分口頭で伝えておじいちゃんに字を書いてもらっている。
タイトルはなぜか「わるいひとのひみつ」・・・。
これも、なんでやねん!笑

でも、これがまたなかなか、奇妙に深い内容でありまして。
機会があったらご紹介します。

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