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ということで、今更ながら、ネム妊娠中のあれこれを思い出しながら書いてみたいと思います。
書かないとやっぱりどんどん忘れていってしまうからね。
個人的すぎるくらい個人的なことだし、1年も経って今更とも思いつつ。

このブログには私のこの10数年の人生の全てが詰まっているから、やっぱりいつか娘たちが読むかもしれないことを考えても(恥ずかしいが)、こんなこと考えてたよっていうことを見てもらえるように記録としても残しておきたいと思います。
余裕がなかった妊娠初期。
神戸にきてからすぐ2人目が腹にやってきて喜んだのもつかの間、新しい家、新しい土地、家族も友達も遠くなって、新生活に対応するだけで気持ちも身体も精一杯なのに、そこにつわりが加わって、あっという間に私はキャパオーバーになってしまったのでした。このつわりがピノの時よりひどく、24時間船酔いしているようなあのグラグラ感。何より違うのは今回は自由奔放に動き回る2歳児を抱えてつらくても寝てるわけにはいかない、という状態だったこと。

ちなみに、どうでもいいんですが、気持ち悪い中でも唯一食べられる、食べたくなる、という神フードというものが存在しまして、今回それはどういうわけだか「トムヤムクン」でした!(ピノの時には、「ペヤングソース焼きそば」でした。笑)どうしてかあっさりしたものよりも逆に味が濃いものの方が大丈夫なのが不思議。経験者の方、みなさまの神フードは何でしたか?
下北の愛するティッチャイみゆきさんが自家製トムヤムクンのたれを送ってくれたりして、美味しいトムヤムクンには困りませんでした。タイ人より食べてたんじゃないでしょうか。

身体のつらさに加勢して、メンタルもいろいろ不安定に。今回の前に一度流産を経験していることもあって、とにかくザ・情緒不安定だった私。初期流産は受精卵の異常などが問題で、誰も悪くないし、
誰にも予防することも治すこともできません。それでも悲しい出来事だったので、変に喜んじゃって
またあの悲しさを味わうことになるんじゃないか、ということばかり考えてしまってすぐに落ちこみモード。病院も土地勘がないからどこがいいのかわからないし、ママ友どころか友達すらいないし、産院難民と化してネットの口コミを読みあさって4つくらい回ってやっと決めることができたという有様。(おかげで検診の回数が増えて、区からの補助券を最初の方で余計に使ってしまったため、最後の方の検診が全て自費というせつない事態に!)

病院に行く度に祈るような気持ちで先生の前に座っていました。胎嚢が確認できた、心拍が確認できた、初期の不安要素がひとつずつクリアされていっても、いつもどこかで「いや、安心するのは早い、喜びすぎちゃいけないんだ」と自分をセーブしていました。それを続けていたら、結局喜ぶタイミングを逃したまま出産までいってしまった感じです。

経産婦なのに!と言われそうですが、ピノのときは、妊娠出産は完全に未知の世界で、無知だっただけ無謀にも勇敢にもなれたような気がします。子育ての中でいろいろな話を聞き、妊娠出産の現場でどんなことが起こりえるかという知識を吸収してしまっただけに、「母子ともに健康です!」がいかに奇跡かを知ってしまっただけに、元からの心配性に拍車がかかってしまったのでした。

うしくんにも迷惑をかけてしまったし、ピノにも悪いことをしてしまったなあと思います。特にイヤイヤ期突入したばかりだった2歳児ピノはかなりの自由さで暴れ回っていたので!どうしても口調が荒くなってしまうことも増えてしまいました。知らない土地、新しい場所で慣れようと頑張っているのはみんな一緒だったのにね。

新たな命がきてくれたこと自体は本当に嬉しかったのに、不安にばかりフォーカスしてしまって、必要以上に消耗していました。魂は自分で道を決めて地球にやってくるんだからもっとどんと構えて、赤ちゃんの運命と生命力を信じてあげていればよかったと、今は思います。

早くつわり終われ〜安定期になれ〜ハッピーマタニティライフ〜〜とそのことばかり考えて過ごしていた初期ですが、結局その後、中期になっても安定期なんてものはやってこなかったのでした。!
妊娠中期編に続きます。