af4p8xpv.JPG私にとっての悲しみとは傷ではなく、入れ墨だと思いました。傷がついたばかりの時、入れ墨をいれたばかりの時、その痕は同じように生々しくて 心が震えて涙なんて出ないほど痛む。違うのは、傷はやがてかさぶたになって消えていくけれど入れ墨はかさぶたが剥がれたあと、皮膚の下に鮮やかな色彩の刻印が残るということ。

もう、触っても張裂けるような痛みはないかもしれない。毎日眺めることはないかもしれない。
ちょっとずつ、その形について語れるようになったかもしれない。
年をとって皮膚がたるんだら、輪郭はぼやけるかもしれない。
でも、絶対に消えない。
消えるどころか、年々私の皮膚と同化していく。一度入れ墨になった記憶は、もう必要な自分そのもの、自分の一部。私はその入れ墨を通して思考するし、世界を眺めるし、友達と話したり、絵を描いたりする。
なかった時の自分にはもう戻れないし、なくなったら、それはもう私ではない。
例えば6月の終わりには、その形を確認するだろう。それを繰り返して、ずっと生きていくだろうと思う。
痛みなんてそもそもないほうがいい、と言われたらその通りだ。けれど入れ墨を身体にもっていることは、忘れてしまう傷よりもきっと大きな意味を持つに違いない。