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デナリとアラスカで過ごした半年間は本当に宝物みたいな時間でしたが
実際はその後日本で過ごした7年半の方がずっと長いのです。
デナリについて書き始めたらきりがなくて、(ここを読んでくださっている方なら既にお気づきかもしれませんが・・・)このまま、本が1冊くらいかけてしまいそうな勢いです。そんなわけにもいかないけれど。
デナリについて書きたいこと。デナリについて覚えておきたいこと。
決して忘れたりしないけど、それでも言葉にしておきたい7年半のあれこれを 書き綴ってみようと思います。

デナリは、よく家の中で行方不明になる猫でした。外には出してないから、確実に家の中にいるはずなのに、どこを探しても見つからないのです。みんなで家の隅から隅まで、タンスの裏からゴミ箱の中(そんなところにいるわけがない)までくまなく探して、それでも見つからなくて途方にくれていると、いつも必ずどこからかひょっこり現れて「何でそんな疲れた顔しているの?」と言いたげな顔でこちらを見つめるのです。そういう事が何度もありました。デナリは、魔法のように消え、魔法のように現れる猫でした。

デナリは、あまり露骨な愛情表現を好まない猫でした。抱っこされると嫌がるし、なでられると迷惑そうな顔をします。一緒に寝ようと思ってベッドに連れ込んでも、するりと腕の中から抜け出て、出ていってしまうのです。それでも、私が本を読んでいて邪魔されたくない時にかぎってどっかりと本の上に寝転がるし、朝になると何故か私の顔の上で寝ていました。(よく窒息しそうになりました)デナリは、愛されるのが好きなくせに甘えべたな猫でした。

デナリは、あまりアクティブな猫ではありませんでした。外に出ても、ねずみやモグラを捕ってきたり、他の猫と取っ組み合いしたり、みたいなことはあまりありませんでした。あるとき、デナリが花をくわえて持って帰ってきたことがありました。そしてそのピンク色の花を私の前にぽんと置いて、スタスタと去っていきました。本当です。あれは、デナリからのプレゼントだったかな。ちゃんととっておけばよかったな。

床下から子猫が発見されて、一時期同居していたことがありました。子猫は「コジコジ」と名づけられて、デナリととても仲良しになりました。2匹はずっと一緒に遊んでいたのですが、そのうちにコジコジは妹の友人の家にもらわれてゆきました。コジコジは今でも元気に暮らしているそうですが、その時のデナリの寂しそうな目は忘れられません。

デナリは、自分の名前がデナリであることをちゃんと知っていました。「デナリ」と呼ぶと、正確に2回、尻尾をパタパタ振りました。「ぽち」と呼んでも「たま」と呼んでも尻尾は振るのですが、デナリ、と呼ぶときだけ力強くブンブンと答えて、遠くにいてもこちらにトコトコやってきました。私はそれがおもしろくて、よく意味もなく名前を呼んではデナリを疲れさせていました。

デナリは、よくベランダのウッドデッキでひなたぼっこしていました。目を細めて、気持ちよさそうに。私達はリビングからそんなデナリを見るのが好きで、よく写真を撮っていました。ひなたぼっこから戻ってきたデナリを抱きしめると、全身からお日様のにおいがしました。

去年の秋、昴がやってきました。最初は仲がよかった2匹なのですが、だんだんとデナリは昴を遠ざけるようになりました。ある人は「デナリは自分の病気のことを知っていて、昴にうつらないようにわざと遠ざけたんだよ」と言いました。もちろん真相は分からないけれど、そうだとしたら、デナリ、君は本当に優しい偉大な子だ。

病院と掃除機は嫌いでした。一緒にアラスカからやってきた黒い猫のぬいぐるみは好きでした。夏はスリムに、冬はフワフワになりました。缶詰は食べなくて、カリカリの餌ばかり食べていました。アラスカ生まれのくせに、雪が降ったときは外に出ようとしませんでした。私が大学1年生のときに撮った映画に役猫として出演しました。一度何針も縫う大怪我をして、大騒ぎになりました。よく、何もないところをじーっと見つめていました。私とのにらめっこでは、いつも私の勝ちでした。

デナリについて書きたいことは、これ以外にもたくさんあります。

家を出てからも、私はデナリに会うのが楽しみで帰っていました。
家族の一員、なんていう言葉じゃ言い表せない存在。
私のからだの一部、心の一部みたいなものでした。

そして気づいたら、私はデナリの名前で絵を描くようになっていました。

1月の冬の朝、デナリの形はなくなりました。
最後は黒猫のぬいぐるみを抱きしめて、花にかこまれて、私達の手紙と写真と一緒に、空飛び猫デナリは再び空に飛んでゆきました。
デナリは、まるでアラスカの雪みたいなまっしろな小さなかけらになりました。

私も、いつかまっしろな小さなかけらになるのです。
そのとき私も空を飛んで、またデナリに会えるといいな、と思います。