img20060529.jpgひょんなところから、ルービックキューブを入手しました。最初それを手にしたとき私は「何をいまさら」と思いある意味見下しておりました。別にいらないな、と思ったのです。

ところが。やり始めてみるとこれが止まらない。小学生のときにはまったのとまったく同じ興奮が訪れ、めくるめくカラフルなキューブ達に翻弄されること数時間。
いや、奥が深いよ、このゲーム。
永遠の名作ですよ、これは。PSPやDSに全く劣らない、このモバイル・エンターテイメント。
そろいそうでそろわないもどかしさと、出来上がった面に固執すると決して前には進めない、この3歩進んで2歩下がる忍耐のプロセス。
この土日のうち、少なくとも4時間はこのキューブに費やしました。そして分かったこと。ルービックキューブは、ひたすらに論理と計算なのです。運だの勘だのに頼っても、全く駄目。このキューブをここに移動させるためには、どうしたらいいか。こことここを入れ替えるにはどうしたらいいか。そんなことを考えながら、ついに6面完成させることができたときの喜び!(実は攻略説明書がついてたりするのですが、これがまた複雑で、見ればすぐにできるというものでもない。)

そして、更にわかったこと。
ルービックキューブが6面そろっている状態には、魅力がない。
エントロピーが増大していている状態にのみ、たまらない誘惑を発揮する物体なんです。やっとのことで6面そろえたにもかかわらず、今度は「ああ、ぐちゃぐちゃにしたい!」との欲求を人に起させる理由がここにあります。ぐちゃぐちゃにする。4時間かけてそろえる。その次の瞬間またぐちゃぐちゃにしたくなるという、「過程」それ自体が最大の目的となるネバー・エンディング、かつ摩訶不思議な遊びなのです。

なんとも非生産的といえば非生産的な、しかし決して飽きのこない、無人島にひとつ何かを持っていけるんだったらこいつにしてもいいかな、と思えるくらいのそんな遊びを再発見できたのは喜ばしいことでした。
こんなにアナログなものが、どれだけ世界がデジタルになっても結局残っていくんだろう。
アア、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。