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「流れる季節」
踏切を訪れるのも もう7回目だ。もう、7回目。そして、まだ、7回目。
ブログにその事を綴るのも3回目になる。

去年のこの日の日記を読み返してみた。
今日感じた事とやっぱり似ていて、ちょっと笑った。
そして当然、変化している部分がある。
この1年間で、ちょっとは遠くに行けただろうか。

今日という日は 私にとって そして私たちにとって
1年に1回の おそらく自分の誕生日よりも重要な日で
自身に1年の成長を問う日であり 
自分に嘘をついてないか、対話をする日であり
そして友人たちの前進と成長を目の当たりにする日だ。
決して変わらないものを確認し合い
そして変わっていくものを確認し合う、
苦くて温かい、繰り返される儀式。
10年後も、20年後も、30年後もきっとこうして集まる。

ごうごうと流れてゆく日常の中で
滝のようにがけを転がり落ちてゆく時間の中で
それは私にとって、浮島のような意味を持つ。
この日だけは、激流の中でひっかかっている
はかなく頼りない水草の塊のようなものの上にのぼって
時間と空間を超えた場所で、足元に流れてゆく時間の河を
心静かに見つめることが出来るような気がする。

踏切を越えていった彼が見ていたものを想像すると(想像することしかできないけれど)
私の上に積もり積もったくだらない悩みやこだわりが干からびたペンキみたいにパタパタと剥がれ落ちて、ストンとした気持ちになる。リセットされた自分の心の中から 声が響いてくる。

生きていることは、素晴らしい。
健康で、友がいて、夢を語れる、それ以上の何が不満で
自分自身から目をそらすのか。
そんな人生にどんな価値があるのか、と。

だから、今日という日に、私はここで1つ報告をしようと思います。
別に、そんなもったいぶることはないし 個人的な事ですが
6月26日に、ブログでこの報告をしようと、何ヶ月か前からずっと思っていました。

絵描きに、なります。

今の会社を今月で去り、絵の道に絞ることにしました。
つまりは、イラストレーターとしての独立を目指そうと思います。
理由は1つだけ。
なりたいから。それだけです。
私の幼稚園の時の夢は「絵描きさん」で、
その夢は今にいたるまで変わった事はなく、むしろ
年を重ねる毎に色鮮やかに輝きを増してきています。

私にとっての最大の歓びは、絵を描くこと。
そして、私の夢は、絵描きになること。
それだけは、何事につけ自信がなく 出来る事も少ない私が
何の迷いもなく、一片の躊躇もなく声を大にして言える唯一のこと。

今、私は絵の仕事をしています。なので、
そういう意味ではプロであり、夢は達成されていると言えます。
でもきっと、私が小さい頃から思い描いていた「絵描きさん」には
まだ手が届いていない。
もっと、もっと、たくさんの人に見て欲しいし
もっと、もっと、頭の中に浮かぶものを形にしていきたい。

だから、チャレンジ出来る環境を自分に課してみたいと思いました。
それが高い山であることは分かっているし
簡単に登れないことも分かっているつもり。
出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。
でも、そんなの、やってみなくちゃ誰にも分からないのです。
ゴールにたどり着く道は、1つではない。
頂上に向かう動力と羅針盤さえしっかりしていれば
道に迷っても きっとどこかに辿り着ける。
途中まで作り上げた家を 住み心地の良い部屋を、時には捨てる勇気をもたなければ 
決して、他の場所に行くことは出来ないと思うのです。

そしてそうやって まっすぐに自分と向き合って生きてはじめて、
私は彼に胸を張って会える気がするのです。

ものすごく長くなってしまいましたが、
そんなわけで、個人的には大きな変化であるので
ここでこのブログを見てくださっている皆様に ご報告したいと思ったのでした。
頑張ります。
これからも宜しくお願いします。

そんな、雨降りの6月26日。

あと、今日は長くなりすぎてしまうので書きませんが
もう1個ご報告があります!
また、次回。