img20070525_1.jpg私たちはとかくいろいろなつながりを「縁」という一言で考えてしまうけれど 最近その妙を感じずにはいられない事が多い。一緒に船に乗っていた若者たちが出版する本の表紙を飾ることになったり 全くの偶然からブログのトラックバックを通じて知り合った方のジャズライブにお邪魔したり たまたまシンガポール出張になった時に普段香港にいる親友がシンガポールにいたり とにかく 偶然と言ってしまえばそれまでなのだけど 「縁だね」で片付けられないなあという感じがする。
全ては「あのときたまたまああしてなかったら いままったくこうなっていなかったね」ということばかりだ。呪文みたいだけど そういうことだ。そして「あのとき」というのは常に「いまこのとき」の延長にある。今の一瞬一瞬が、ときにとてもドラスティックに、未来を変えるのだ。
縁とは何か。
縁こそがつまり、「全て」ではないのか。
私たちは縁によって作られていくつながりの中に生きていて それはいつでもダイナミックに形を変え、大きな円となってゆく。「タイミング」「めぐり合わせ」みたいな言葉の方が良い時もある。だからこそどんな小さな「兆し」にも「サイン」にも敏感でありたい。いつだって様々な事象が漣のように自分に押しよせてくるけれど この波に乗るのか それともその次の波に乗るのか そんな一瞬の判断で 全ては変ってゆくのかもしれないのだから。