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(TSS Topaz, at the front deck)


地球一周の旅に出てからちょうど1年が経ちました。

去年の夏、出発日から船旅中もずっと、帰る日まで更新していた日記を読み返していたら止まらなくなってどういうわけだか涙がこぼれそうになった。
私は去年の7月21日に横浜大桟橋からトパーズ号に乗り、去年の今頃はベトナムに向けて嵐の中を通過しながら必死で地獄の船酔いと戦っていたのでした。
あの日から、もう1年経ったなんて信じられません。

7月20日にはちょうど、「54回クルーズ一周年同窓会」というものがあって同じ場所、横浜の大桟橋に船に乗っていたメンバー200人くらいが全国各地から集まり久しぶりの再会を果たしました。なんと、再び船をチャーターして(もちろん、トパーズ号よりは全然小さい船だけれど)同窓会クルーズ、というなんとも粋な集まりだったのです。
10月の終わりに船を下りて以来会ってない人たちがたくさん居て
再び船の上にいて 横浜の夜景を見ていることへの感慨を味わうヒマもないまま
ぎゃーぎゃー懐かしがっているうちに2時間が過ぎていました。楽しかったな。

1年でそうそう人は変わるものじゃないけれど 船に乗る前、乗っている間、そして降りて1年後、といろいろな人のいろいろな人生のフェーズに出会えるのは刺激になる。世の中、いろいろな関係性というものがあるけれど「一緒に地球一周したね」というつながりはそうそうあるもんじゃない。
大学の友人や会社の同僚や、そういう日々の中で出来るつながりと、「旅」で出来るつながりは違う。旅は短い。中高6年間、とか、大学4年間、とか
そういった長さに比べればずっと短い。けれど旅に限らずだけれどお互いが「特別な今だけの時間を共有しているんだ」という意識をもっているつながりは「ただなんとなく日々同じ場所で過ごしている」つながりよりもずっと長く、強固に続いていく。

最近、よく船に乗っていた時間について考える。
本当に、よく考える。
あの100日間は、何だったのだろう、と。
揺れる船室で寝起きして、朝昼晩と水平線を囲まれて やがて見えてくる陸を想い描いて、夜はいつだって満点の星空で 旅は常に驚きや出会いにあふれていて。よく甲板で風に吹かれて ひとりぼんやりと海の向こうを見ていた。

日々部屋にこもって 仕事をして 人ごみに埋もれて パソコンに向かって 睡眠時間を削って
そんな生活の中で鮮やかに思い出す、あの夢のような時間。
あの日々を今たまらなく懐かしく、愛おしく思う。
船から下りたときにあんなに違和感を感じた東京の風景の中に またすっかり溶け込んでしまった。あれだけこの世の中が抱えている問題や矛盾にどっぷりとひたった時間を過ごしたというのにじゃあ今の生活で自分が何かが出来ているかって言ったら 何も出来ていない。
それでは駄目だと思いながら やらなければいけない事に追われている。

思い出の中に生きる事は出来ないし、時間を戻せるわけでもない。
戻したいわけでもない。
例えばもう一度船に乗ったとしても それはやっぱり違う体験になるだろうから。

どれだけ嬉しいことも どれだけ悲しいことも人は忘れていく。
それらは決して失われていくわけではなくて 
こころのどこかのひだの間に挟まっているだけだろうけど
けれど引き出しの奥にしまわれて 
二度と出されない荷物なんて持ってないのと同じことだ。

だから自分に問いかけろ。
ちゃんと、向き合えているかと。
多くのどうでもいい余計なものにうずもれて 
ほんの少しの大切なものを忘れてはいないかと。

満天の星空を。
水平線に落ちる夕日を。
子供たちの笑顔を。
美しい地球に心が震える、あの感覚を。

生きている事への感謝を。


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そして、ちょうど一周年の今月に
船に乗っていた若者たちが本を出版しました!
私はイラストのお手伝いをしただけで、文章は書いていないけれど
8人の若者のピースボート体験記が生の言葉で綴られています。
本日より、書店に並んでいます。私のクロアチアの絵がめじるし。
こうして、旅が結晶になって残ってゆくことは とても嬉しい。


「地球と自分に出会うたび」(
河邊 匡一郎・著  幻冬舎ルネッサンス)

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