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ギザの3つのピラミッドが4つになっているの図。

相変らずインプットな日々が続いていて、先日は「海のエジプト展」に行きました。

海の底から引き上げられた像やら宝物やら。
きらびやかで、深遠。
繊細で、大胆。
オシリス、イリス、アメン、ホルス・・いろいろな神様への祈りと崇拝。

私にとってのエジプト文明は小学校の時に読み始めた「王家の紋章」ですが、(しかしあの漫画、まだ続いているのか。)紀元前何百年の時に、もうこの人たちはこんなものを作っていたのか、という頭がくらくらするような感じに襲われるものばかりです。腰に布を巻いた日本人が弥生式土器を作って米を作って高床式倉庫を作ったりしてた時に、エジプト人は中央集権国家を作ったり市民権を主張したり宇宙規模の測量術やら幾何学やらを発達させている・・。

唐突ですが何をかくそう、私は考古学者になりたかったのです。昔から、とにかく古いものや古い世界の話が大好きで、わけもなく惹かれるのです。イラストレーターになっていなかったら、考古学者か海洋学者を目指していたと思う。だから「海の底から上がったエジプト文明の遺跡」なんてものは全身のアンテナがグリグリと刺激されて、とても興奮した。

ものすごく古いものを見るとき、そこには歴史そのものが見える。古ければ古いほど、単純に堆積された物語が多くなる。
何を作ったものか、誰が作ったものか、どこでどんな材料で作られたものか、時の権力者が誰であったのか、といういろいろな要素とものすごい偶然的な力が絶妙に絡み合って、あるものはここにあり、あるものはここにない。
同じような像であっても大事にされて、ずっとスポットライトがあたる場所にご丁寧に安置されているものもあれば、今も暗い海のそこにバラバラになって沈んでいるものもある。

作った人の想い。そして海の底に沈んだり他国に渡ったり秘密の場所にしまわれたり、それが隠されている間の時間。そして、それを再び発見した人の感動。

海に潜ったら、目の前に数千年前の町並みが広がっているのを見つけた瞬間の、その感動はどれほどのものだったろう。

バラバラに発見された2つのパーツが、実は1つの櫓を構成するものだと分かった瞬間の感動は。

図形の羅列でしかなかったヒエログリフが、何を言おうとしているのか分かった瞬間の感動は。

それそのものよりも、それを発見したその人の、多分雷に打たれるような気分だったであろう感動を想像しただけで泣きそうになる。
そういういろいろな物語を(自分勝手に)想像することが、古いものの面白さ。

そしてエジプトの海の底にはまだまだ無限にそんな物語が
砂をかぶって沈んでいるのです。

今、2009年。あと1万年後くらいには日本ももしかしたら海の底で、東京タワーやお台場の丸いのが海の底から発見された展示物としてどこかの美術館に展示されているかもしれない。

すごく昔のことを考えるのと、すごく未来のことを考えるのは
とても、似ている。

うう、くらくら。

9月23日までなので、見てない人はオススメですが、土日に行くとものすごい人が多いので、あの5メートルのファラオ像ががいきなりナイトミュージアムばりに動き出して、人を全部蹴散らしてくれないかなあとつい不穏なことを考えてしまいがちです。

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スフィンクスにチューするの図。
ベタな観光客・・・スフィンクスもいい迷惑だろう。