Denali's Room 一語一絵

旅と猫とあんことスイカを愛する絵描き、デナリこと大野舞が日々をつづっています。

カテゴリ: theatre

flpd9h65.JPG塊魂、本当に楽しいです。なんか、本能に訴えかけてくるものがあります。解明されていない遺伝子の中に「ころがしたい。そして大きくしたい」という欲求があるのかも。雪だるまも同じ。

今日は久しぶりに芝居の稽古の現場に一日中いました。劇団印象-indian elephant- の第2回公演「嘘月」もいよいよ公演まで一ヶ月を切りました。今回私は役者としてではなく、フライヤーのデザインとHPの絵、そしてなぜか衣装として関わっています。
でもやっぱり役者の皆様が稽古している姿をずっと見ていたらうずうずしてきてたまらなくなりました。1つの表現を、大勢で行うという事。全く違う個性やキャラクターを上手く撚り合わせて1本の太い綱にするために編んでいく行為。自分じゃないものになって、自分じゃない人生を語る事。衝突しながら、苦しみながら、それでもちょっとした何かをきっかけにハッとするくらい誰かが突き抜けた演技を見せること。
わくわくする。楽しかった。私は今、役者として参加は出来ないけれど、自分に出来る事をやって、これからも「舞台」というものの端っこにつかまっていたいと思う。

0hh81u9a.JPGを、見に行きました。映画を前に見ていて、それはとても好きだったので前から楽しみにしていた。結論は、とてもよかったです。芝居を見に行ったというより、本当にHEDWIGのコンサートに行った、という印象。観客が立って踊っているという普通の芝居じゃ考えられない状況。三上博史の大迫力の演技、ほっそい足、引き締まった腰、淫靡でエネルギッシュ。見て思ったのは、私は映画を最初に見てしまったから「映画作品の舞台化」という視点でどうしても見てしまったけれど、もともとはオフブロードウェイの作品で、これはやっぱり「舞台」のための物語だったんだな、という事でした。
映画には、映画にしか出来ない表現方法がある。アニメーションに切り替えたり、カラオケになっていたり、場所を変えるのも、過去に遡るのも、自由。けれど、HEDWIGのあの「笑ってでもいないと泣いちゃうじゃないの」というほどの人生、それを観客に伝えられるのは舞台。2時間ひたすら彼女の語りと回想と歌のみ。場面も変わらない。登場人物もバンドメンバーのみ。でも、何より響いてくる。歌、いいなあ。中でも「愛の起源」が好きです。人はみんな自分のカタワレを探しているのです。

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