genbakukinenkan

本当は8月6日にあげようと思ってたのだけれど遅くなってしまいました。妹夫婦や甥っ子が今広島に住んでいるので、今や私にとっても近しい場所です。

ピノが生まれてからとにかく「小さい子どもほど純粋な存在はない」ということばかり日々目の当たりにする。真っ白で、純真で、本能に忠実。キャラクターの違いはあるけだろうけれども、誰かを騙そうとか、他人からよく思われようとか、野心とか野望とか、考えてない。自由、何もかもから自由。(だから納豆を頭にぬりつけたりするけれど)
1歳未満の赤ちゃんとかもっと、まだ人間になりきれてない天使みたいなものだと思う。赤ちゃんが「悪意を持って意図的に誰かを陥れる」なんてことはない。そもそもまだ自我すらはっきり持ってない、自分が生きることに一生懸命なだけなのだから。

彼らにあるのは無限の可能性、そして大人よりも長い時間。

だから「大人の世界」に子どもが巻き込まれダメージを受けるという悲しい事件や戦争のニュースが、見ていられないほど辛い。今も昔も世界ではいろいろなことが起きていて、大人の身勝手な事情や利権や、政治や、立場を守るためや、あるいは何かの信条のために、もちろんいろいろ複雑な事情があるけれども、難しいことは私にはわからないけれども、でも、どんな国で、どんな事情があったとしても、「その事情に子どもたちは直接関係も責任もない」、それだけは間違っていない。事情の波に流され、大人の力に従うしかない。大人同士の戦いで子どもたちの命が奪われたりするニュースを見るにつけ、涙が出る。

子どもは、未来だ。自分たちが見られないその先の世界を見てくれる存在だ。

子どもが安心して笑顔でいられるのが、未来のある国だ。

8月は静けさの中に、平和を祈る。

全てのいのちの、未来を願う。