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この間9月のカレンダーをアップしたのにもう10月!
びっくりです。秋らしい色の絵。大変だったカレンダー制作もやっと終盤にさしかかり、もうすぐまたお知らせできると思うので、お待ちくださいね。

1歳4ヶ月になったピノと、べんりなものたちについての話。
最近ものすごーくいろんなことが「わかって」いるんだなあ、ということにびっくりします。まだしゃべれないけれど、「ママ」「ニャーニャー」とか意味のある単語をちょっとずつ言えるようになってきて。とにかく何でも私の真似をします。教えていることも、いないことも。私が化粧水を顔にパチパチしているのを見ているのか、クリームなど顔にぬってあげるとパチパチするように。「こんにちは」というとお辞儀する。「もしもし」というと何でも耳にあてる。お財布からクレジットカードを出して「はい」という感じで私に手渡す。ベビーサインなんかも、結構一発で覚えてしまう。

すごい学習能力!

だからこそ、迂闊なことできない!

「子どもは親が何を言うかではなく何をしているか」を見ているという。言葉で何を言われるよりも、実際なされている「行動」をただただ、観察している。じーーーっと、ものすごい観察力で。こちらを静かに見ている目は、無限の吸収力のスポンジ。赤ちゃんだから、何も分からないから、とこちらが思っていても、かなりのレベルの物事を「理解」しているのだなあ、と最近のピノを見ていて思う。

人間としてのお手本を目指す以前に、赤信号はわたらないとか、ながらスマホしないとか、そういう「あたりまえ」をちゃんと自分が体現していなければ。

と思いながら、最近悩ましいのがテレビとiPhone。
どっちも、とっても便利。

テレビは私も特に観ないから消してて全然いいんだけれど、朝の家事をする間とかどうしてもおとなしくしてて欲しい時とか、つい頼ってしまう。そうするとどんなにうるさくしてても、ピタッと恐ろしいくらい静かになって、画面を食い入るように観ている。その食い入り具合といったら、魔法のようなのです。だからこそ便利だし、だからこそ、なんだかコワイ。

iphoneに関しては、私自身が手放せない。仕事の上でも必要だし、実際それ以外も常に手元にないと落ち着かない。TwitterもFacebookもなんとなく見てしまう典型的な現代人。ピノと日中過ごしている間、なるべく見るまいと思っても、一人遊びしてくれてる間とか、メールチェックしたりしてしまう。そしてピノはそんな私を見ていないようで、やっぱりじーっと観察しているんだろう。あとは公共の場で本当にぐずってどうしようもないとき、外のお店にいる時、アプリで動画やゲームを見せるだけですっとおとなしくしてくれる。ギャン泣きされるとまわりの迷惑になってしまう中、毎度お世話になってしまう。

私だけだったらいい。スマホのながら見で無為に消費されるのは、私の時間。でもそんな私を見ながらピノは「ママは、自分と同じくらいあの四角いものを大事にしているようだ」と思うだろう。「泣いたらあれが出てくる」ということも刷り込まれていくだろう。

外出先の授乳室を調べたり、子どもOKのお店を探したり、洗濯したいからお天気調べたり、離乳食のレシピ検索したり。こちらとしては母業の一貫として見てるというつもりでも子どもにしてみれば関係ないよね。今お母さんは自分のことを見ていない、と思うだけ。

便利な道具、大きな「力」。

4歳の甥っ子もYoutube使いこなすし、ピノもiPhoneをスクロールするのはもう得意。スクリーンというものは全部タッチパネルだと思っているようで、テレビのキャラクターも、画面に指を乗せて、動かそうとしています。(笑)0歳の時からこの環境で、これからの子どもたちがどんな風に世界を見つめていくのか、ちょっと想像がつかないです。もう教科書とか全部タブレット端末になったりしてるんだろうなあ。

私自身が毎日果てしなくその便利な力の恩恵をうけているけれど、それでも思うのです。

中学生とか高校生だった時に、SNSやLINEがなくてよかったなあ。(いろいろ聞くだに面倒そうだ!)
アラスカに留学していた時にYouTubeやスカイプがなくて、よかったなあ。(そしたら多分英語できるようにならなかった。)

今の大人は、人と人とのつながり方の変化、家電話からポケベル、PHSから携帯、そしてスマホへの劇的な変化をいちいち体験してきた。どんな世代もその時あるものを使うだけだから、ただの相対的な感慨なのですが、なんとなく私は面白い時期を観察してきた世代なんじゃないかなと思う。

ネットも豊かなデジタル環境も、現代においては良いも悪いもなく、あるのが前提の海みたいなもの。でも私たちはそれがなかった時を知ってるから、多少客観的に見られる部分がある。なくなってもそれはそれで困らない。でも今の子どもたちは最初からマーメイドみたいなもんだから、当然人間の親である私たちよりもスイスイうまく泳ぐだろうけれども、もしかしたら海がなくなったらどこにもいけないと思ってしまうかもしれない。私が見せたいのは、今の親世代が見せられるのは、泳ぎ方じゃなくて、足のつき方、陸の歩き方なのかもしれないな。どこでどんな風に世界とつながってもいいけれど、実際にギュッと繋ぐ手の温かさに勝るものはない。

なんて!そんな風に思うことすら、もはや旧世代なのか??
むむむ、私も結局あんまり使いこなせてないアナログ人間だからなあ。

あるものは、つかう。でも、なくてもいい。そのくらいの温度が、ちょうどいいと思う。スポンジを育ててる上では、便利な海に無意識に浸るんじゃなくて、もうちょっと意識して泳ぐ姿を見せていこうと思う。